…八十…九十…百……、
どれほど斬り捨てたかは憶えていない。
ただ云えるのは見当などつかぬ数であること。
斬るのに一つも躊いなどない。
仇に追われることなどなく後悔も呵責もない。
幾人の恨みを買おうが、幾人の血を刀が吸おうともまだ足りぬ。
何処までも足りぬ。
嬉しい事に、会ったばかりの人間でも憎しみを持つことができた。
剣先を相手の喉元に突き付けただけで、胸が躍るのを憶えた。
可哀相とも気の毒とも思わず斬り捨てられる。
斬ることに大した理由など無い。
憎いから、退屈だから。
それだけで手が動く。
持て余す己の退屈と快楽。
全てに置いて優れていると唱える人間など一人残らず消えればよい。
‥血を欲する刀も己すらも無くなればよいのだ。
俺を鬼と呼ぶのか?
邪鬼、修羅、羅刹、夜叉、化物……
嗚呼、何とでも云え、それすらもあてはまらぬ。
己ですら何者か判らぬのでな。
冷酷非道な心を持たぬ野獣…?
それは違う……心ならある。
胸を詰まらせるほどある感情。
憎悪…。
ただそれのみ。
この忌々しい種に生まれ落ち、人を斬る毎に嫌悪と甘美が入り交じる快楽が生まれていく。
麻薬のような快さにこの身体を委ねソレが欲しくて斬る。
快楽の代償が半身に塗られる痣。肌に醜く刻みこまれる。
それが憎くてかなわん。
その痣達は利腕にたむろい息を潜めて蠢き、己の無念を晴らそうと、
俺を阿修羅道へと誘う。
だが‥
土台、相手になる奴など居らなかった。
いつ死んでも構わぬが生憎と斬り捨ててくれる奴がおらんので、
ここまで生きた。
…邪鬼ゆえかのぅ、悪運は尽きぬものだ。
ただそれだけよ。
そうさな……俺の願いは二つ
俺に退屈をさせない相手と斬り捨ててくれる奴が欲しい。
ただそれだけだ。