ヒラリ、ヒラリと舞うように風に弄られて舞う紅い紅葉の葉を
ヒジカタは何処か遠くのことのようにぼんやりと眺めていた。
焦茶色の髪を後ろで撫でつけている、役者顔の男である。
年のころは三十路ほどだろうか?
いずれにせよ、道行く女性に美醜を問えば全員が美、と答えるだろう。
現に、往来を行く娘達は彼の憂えた表情を眺めてはひそひそと内緒話に興じている。
ヒジカタの方はと言えば、その状況を認識してはいるもののやはり、心は何処か遠く。
その焦茶の双眼は、娘達を流れ落ちる紅葉程度にしか捉えてはいない。
誰かが切り株を改造して誂えた休憩用の椅子の背をギシリ、と鳴らして。ヒジカタは軽く背伸びをした。
「…遅ぇ」
別に、平日の真昼間から1人で伊達や酔狂で紅葉を見に来ているのではない。
「何も、都まで茶を買いに行ってるわけでもなかろうに…。」
「…ヒジカタさん、待たせた」
「遅ぇ、遅すぎる」
どうやら気配を感じさせぬ独特な歩方を使われたらしい。
それも手伝ってか、ヒジカタは腹立たしげに毒づいた。
相手は、苦笑とも失笑とも取れる曖昧な笑みを浮かべたようだった。
ヒジカタの後ろから、迂回して男は隣に腰掛ける。
長い黒髪をきっちりと結い上げ、紺の着物を折り目正しく着用したその男は些か目立ってはいた。
一重の瞳は、ともすればやや眠そうとの印象を与えるかもしれないが。
全体の顔立ちとしては整っている‥‥筈なのだ。
だが、何故ヒジカタを見て黄色い悲鳴を上げていた娘達が、この男の登場で声を潜めたのか。
男は、異質だった。顔の左半分には梵字の痣が無数に浮かんでいる。
其れを隠すために顔の下半分を覆面を纏ってはいるようだったが、隠しきれてはいなかった。
その覆面から、僅かに漏れる黒の相貌はびしりとヒジカタをただ一心に見つめていた。
即ち、すまない。と
何だか、自分が一方的に拗ねて苛めているような気分になってヒジカタはさり気なく視線を男から逸らすと
男の手からお盆を奪う。その上には、二人分の茶と団子が乗っていた。
断りもせずに湯飲みを手にとって、一口含む。
待ちぼうけで冷えた体が温まるのを感じながら、ヒジカタは吐息を吐いて男―――
ハジメ・サイトーを流し見る。
ぼんやりと散っていく紅葉を見ながら、
僅かに覆面を上げて団子を齧っているサイトーは一体何を考えているのやら、ヒジカタには判断できなかった。
もう、知り合ってかなりの月日が経つが無口で無表情で。考えが読めないのは相変わらずである。
ただ、時折茶を啜る音と団子を咀嚼する音。
吹く風に髪と着物を揺らし、ぼんやりとその『場』を楽しむ。
「あぁ、煙管でも持ってくりゃよかった。」
「ヒジカタさん…」
僅かに、声に批難の色が混じっている事を敏感に察すると冗談だよと、投げやりに返して。
ヒジカタは空を見上げた。
昨日の雨が嘘みたいな、真っ青な空。
おかげで、紅葉は散り始めているけれど。
散り行く最中の紅葉というのも中々乙なものだとヒジカタは思う。
また、沈黙が流れた。
ただ、この沈黙が決して不快なものではないからサイトーと言う男は不思議なのだ。
それどころか…
『あぁ、寝そうだ』
心地よいとさえ思っている自分がいる。
ただでさえ昨日は、仕事で忙しかったのだ。
内心、すまないと思いつつもヒジカタは襲い来る睡魔に身を任せた。
「‥‥あぁ?」
ゆるり、とヒジカタは目を開ける。
飛び込む景色は、まったく変わってはいない。
どうやら然程時間は経っていないらしい。
「悪りぃ。寝てたみてぇだ。」
散策に誘ったのは、自分だと言うのに‥まったく不甲斐ない。
「そんなに時間は経ってない。」
気にしていないから、と覆面の奥でサイトーは少しだけ笑ったようだった。
「にしても‥‥。」
「…?」
何か、とても悲しい夢を見たような気がする。
あれは何だったか…もう、既に記憶は曖昧で。
続きを待っているサイトーに気付いて、ヒジカタは「いや…」と続く言葉を模索する。
「明日にでも、床屋ぁ行かねぇとな。」
己の前髪辺りを触る仕草をして、ひらひらと振ってみせる。
サイトーの前髪の辺りは、他の箇所に比べて何処か不ぞろいだった。
それもその筈。彼の前髪は、昨日の戦闘中に斬られてしまったのだから。
特に、顔の痣が目立ってしまう。不可解な梵字の痣。
人を斬るたび、一つ、一つ積み重ねられていく罪の証。
ヒジカタはあまりそれが好きではない。何故、この男だけ宿業を負わねばならないのだろうか。
殺した数では、ヒジカタ自身とそう変わらないであろうに・・・。
何処か落ち込んで見えるサイトーを散歩に誘ったのも、その為だった。
「…自分で切るから構わんよ。」
む。と何処か不満げにサイトーは眉根を寄せると、それを恥じるかのようにすぐに表情を消した。
まったく、素直ではない男だ。
まぁ、たまには‥本当にたまには
「俺が切ってやろうか?」
「全力で遠慮する。」
こんな休日も―――いいのかもしれない。
「さぁて、途中でコンドーに押し付けてフけてきたからな。大目玉ぁ喰らわねぇ内に帰るか。」
「…今の時点で既に大目玉だと思うが?」
「‥‥るせぇ、ばーか。」
本当に、誰のためだと思っているんだか。