リンゴーン‥‥
リンゴーン‥‥
上の方から鐘の音が聞こえる。
とても清らかで荘厳な音波は場の空気を振動させ、ゆったりと拡がっていく。鳴らすのは丘の上に建つ教会。新しい門出。
今、結ばれたばかりの幸せを祈る美しいものだった。
ふんわりとした春の日差しを受け少女と青年が丘の麓で花を摘んで遊んでいる。
青年はとても楽しそうに笑い、その笑顔を見る少女は、汚れのない白い頬をほのかに染めていく。
耳に届いた鐘の音に少女は花を摘む手を止め教会を見た。
小さな口元から微かに、はにかんだつぶやきが漏れる。
「あぁ‥‥花嫁さんです」
そう、少女の言うとおり、いま教会では結婚式が執り行われていた。
緑萌える草原に真っ白なドレスと輝く宝石飾った女性。その隣には白いタキシードの男性が並んで、神の加護の後に受ける友人達からのライス・シャワーを浴びていた。
二人のまわりに流れる空気はとても暖かで優しい。
幸せが溢れていた。
それは遠目に見ていた少女の所にも流れてくる。大きな目をうっとりと細め、その光景を眺めていた。
「どうしたの?」
ぱさり。
青年の甘く優しい声と共に、頭の上に何かが乗った。
「?」
少女は、はっと気づき青年の存在を暫し忘れたことを少し悔やむ。それを表すように、いつもよりもまた一段小さな声になってしまう。
「ぅぅうん‥‥何でもないのです‥‥」
「そっか〜〜、ねぇ頭の上の物を取ってごらん」
「わぁ、綺麗」
青年はそんな少女を気にするでもなく、頭の上に乗せた物を見るように笑顔で促した。少女は少し頭を屈め、乗っているモノを広げた両手の上に落とす。
それは白と赤のレンゲで編んだ天使の輪のような冠だった。少女の口から歓喜の声が漏れる。
花の冠は、少女の着ている赤いチェックとフリルがたっぷり付いたワンピースに、よく似合っていた。
「嬉しいです‥‥」
頬も服に負けないくらい赤く染まっている。青年は、そんな可憐な少女が大好きだった。
式を終えたばかりの行列が小道を伝い街へと動き始める。
花嫁・花婿を囲むように、色とりどりのドレスや衣装を身につけた華やかな人々が、野に座る二人を横切っっていく。
少女はさっきよりも間近で花嫁を見ることができた。
細部までも美しいレースが施されたドレスの裾を品良くつまみ上げて通り過ぎる花嫁。手に持つ橙色や朱色の淡いブーケの花々はドレスの白さを一層引き立たせている。
隣の花婿の腕に寄り添うその顔は薔薇色に染まり、時折、恥ずかしげに花婿と見つめ合う瞳は艶やかに輝いていた。
「はぁぅ‥‥綺麗‥‥」
「そうだね、本当に綺麗だ」
「‥‥」
花嫁自身の美しさもあるが、それ以上に幸福に包まれた笑顔が、その美しさを数倍も輝かせていた。
まるで太陽の下に輝くダイヤモンドのようだ。
少女は隣でポツリと呟いた青年の言葉が引っかかった。通り過ぎていく花嫁は、美しく大人っぽく、まばゆいくらいに輝いている。
花摘みを楽しんでいる自分の行動が子供っぽく感じた。まだ幼さの残る薄い色の瞳は翳り、少し悲しそうに俯いてしまう。
その表情に気付いた青年は、にっこりと笑みを浮かべ目の前の少女に向かって切り出した。
「六月になったら、僕のお嫁さんになって下さい」
「‥‥えっ?」
「六月の花嫁は幸せになれるんだって、まぁそうでなくても僕は君を幸せにするよ」
ちょっと照れ笑いを浮かべ、鼻の頭を掻く青年だが、真っ直ぐ自分を見つめる黒い瞳に、少女は大きな目をこれ以上、開けられないという程見開いた後、なぜかそこから涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
「嬉しいのです‥‥」
六月の中旬、彼女の幸せを願い、丘の上の教会は美しく荘厳な鐘の音を鳴らす。