あの戦から二年。
 敗走し、再々の分裂で、隊は形を失い消滅した。
 友と隊‥‥全てをなくし死に損ねた士の罰は、誇りと魂を捨て飢えた野犬になり下がることであった。
 荒んだ生活、望みなど何もない。

 長い旅の末、困憊で意識が途切れかかり道端に転がった。
 これでようやく仲間の処へ逝けると思うた時、いつ現れたのであろう、光を背に一人の少女がこちらへ手を伸ばしている。
 あまりの疲労で幻視を起こしたらしい。
 怯えた瞳と、笑みを作る歪んだ唇。その姿はどこか鮮明すぎた。

 この腹を空かせ、野犬のような、なりをした男に向かって、恐くなどないと主張する笑みを口元に一杯に浮かべている。
 (そんなはずはない)
 ためらいを読みとり、少女はなお近づき手を伸ばす。
 華奢な腕。無垢などこまでも澄んだ瞳は吸い込まれるような薄紫色。どこか儚い、その姿はまるで天女のようだ。
 迎えだと頭の中で呟く。あの仕切り屋が来るものばかりと思っていたが、少女だとは思わなかった。
 しかし、あれだけの大罪で天へ昇れる訳がない。六道の使者にしてはあまりにも可憐すぎだ。

「??」
 少女の視線の先を追う。見据えた瞳は怯えの色を残しながらも着物を直視している。
 血と汚れの染みた着物はほころび変色はいるものの、袖と裾に紅い山型のだんだら模様が僅かに見える。
 二年前の戦の残党であることが、少女には判っているらしい。
「お侍様‥‥あの戦い‥‥お疲れ様でした」
消えそうなほどの細い声で労いの言葉を口にした。
目を見張る。今頃になって初めて訊けた労いの言葉。戦に明け暮れ国王に白刃を向けた咎人が、その言葉を聞けるとは思わなかった。
「お侍様‥‥どうぞ‥‥」
 声がうわずっている。やはり恐いのであろう。しかし、少女はまだ懸命に笑みを作り、手を差し出している。
「?」
 
 白い手を眺めているうちにあの時が甦った。戦の最中に伸ばされた血まみれの手。
 いっとき己の剣でその手を叩き切らんとし、戦ではその手に救われた。
 見殺しにしてしもうた友の手 殺してしもうた漢の手。
(まだ死ぬなと申すのか?)

 身体の左半分に思いがけない激痛が走る。痣が痛む。同時に胸も熱くなり苦しなり、顔から汗が噴き出す。
 汗だと思うたモノは、両の眼からの涙だった。止めどもなく溢れる。
 童の頃から縁のない水が、頬を伝い地面に黒いしみを作ってゆく。流す涙の熱さに驚き、友の手を見据える。これは幻ではなく現だ。
 友の手は小さな少女の手となり、握ると暖かった。
 己の弱さ己の意気地のなさを知った。生きろと握った手は云う。

 戦に身を置き「大義」を楯に、殺戮と虚栄の日々を送った獣が得た人らしい温かさだった。 

 温かな手を握り、人目も憚らずに涙を流しながら歩いた。少女は凍えた手を引き、無言で漢を街へと導いた。