なにか贈り物をしたいと思った。
さっきまで庭で遊んでいた恋人。笑顔の絶えない可愛い者へ‥‥
それはそれで困った。買いに行く場所がわからない‥‥。
暖かな陽光を受ける縁側に座り茶を啜りながらひとつ呟く。
「どうしたものか‥‥?」
皆はどうしているのだろう?
そういった経験のない男は、どう頭を捻っても思いつかず、溜息ばかりが喉の奥から漏れる。
空を見れば気持ちを反映したような花曇り。空に舞う鳥をうつろに眺めていた。
ちちち‥‥
(い、いかん‥‥こんな事で悩むとは‥‥)
ぶんぶんっと、靄を払うように頭を大きく振り、傍にあった木刀を掴むと、気合いの声「えいお〜」など発しって素振りをし始めてみた。
「一、二、三、一」
すり足で前後、身体を動かす度に滲むのは汗ばかり。幾度、木刀を振っても気持ちの曇りは取れない。
良い案など出る訳もあるはずもなく、見通しないままに木刀を振っている。
「あのぅ‥‥ハジメ叔父さん‥‥」
「はぁ‥‥はぁ‥‥ん? こ、これはいらっしゃい」
桃色の髪を揺らし、瞳を泳がせた少女が庭から入ってくる。先ほどからの門の前でハジメの奇行を眺め、僅かな隅にやっとの思いで話しかけた。
ハジメは振り上げた木刀を下ろし、ごほんと咳払いをひとつ。切り替えるように嬉しそうに目を細めた。
「さ、さぁ、こちらへ座られよ」
「あ‥‥ありがとう叔父さん」
ハジメは縁に坐るよう手を伸べる。
「あのぅ‥‥何かお悩みでも?」
先ほどの突飛な言動を見ていた少女は語尾が消えそうな声で、ものすごく心配気に顔を覗き込む。
「いや、別に‥‥。何でもないでござるよ。茶でもいかがかな?」
視線を逸らし濁すように、いそいそともてなしの準備に取りかかる。‥‥と、言っても大したことはできない。
座布団を持ってきて、菓子を勧め茶を淹れる。それだけだが、やもめ生活も長いので板についた動きだ。
ちちち‥‥
程なく一段落。一通りのもてなしが終わると言葉が戸切れた。
この少女もお喋りな方でもない。ハジメにしても同様で話が続かない。
ちちち‥‥
二人は野鳥の声に耳を澄ませるばかりだ。
(このままでは、爺様と婆様の茶会だ。何か話さなければ‥‥)
また、木刀に左手が伸びそうになるが堪え、なけなしの気を遣いで隣に坐る少女に口を開きかけるが、言葉のかわりに、
「〜〜」
地鳴りのような音が漏れた。
「叔父さん大丈夫ですか? さきほどから様子が変ですよ〜〜? 私に構わず、早くお手洗いへどうぞ」
少女は別段、驚いた様子もなくあっさり勘違いをしてくれた。ある意味、腹痛ではあるが、どうも場所が少しばかり違う。
ハジメは気を取り直し
「こほん‥‥いや腹が痛いのではなく、贈り物を考えていたのでござる」
俯いて湯飲みを握る。なんだか恥ずかしさに顔から火が出そうである。
「‥‥それで溜息と素振りと唸り声だったのですね‥‥」
おっとりとした薄い色の瞳を、縮こまったハジメに向ける。
「何処で何を買ったらよいかも分からぬのでござるよ」
「‥‥」
黙られてしまった。自分の不器用さを露見しまくり自爆したハジメは、もう言葉が見つからない。
(どうしたものか‥‥)
この場をもどうしようもできない。顔から火のかわりに汗がだらだらと流れた。
ちちち‥‥
野鳥の声が一段と大きく響く。そのまま永遠に時が止まったよう。
硬直し、呼吸することを忘れたハジメは、このまま自分が生き仏にでもなるのではないかと思った。
「あのぅ‥‥」
内心オタオタとしていながらも、微動だしないハジメにようやく少女の声が聞こえた。小さな唇に指をあてて、なにか思案する仕草が愛らしい。
「だぁぁぁ〜〜は‥‥はっ」
「あ、ごめんなさい‥‥お店を‥‥考えて」
忘れていた息を継ぐ。少女はそんなハジメに構わず小声で話し出した。
「商店街を左に行った小物屋さんとか‥‥その辺は色々ありますが覗いてみては?」
「はぁ」
「この前は、可愛い指輪やうさうさバンドが売ってました」
「ゆびわ‥‥バンド‥‥でござるか?」
何だか気の抜けた返事しか返せない。
少女の言う店は日頃、若い娘やその恋人達が出入りしている店だ。雑貨から少し怪しげなモノまで、品揃えの良い店が立ち並ぶ。
ハジメのように少しばかり、いや、かなりトウの立った輩が一人で入る場所ではない。どの面下げて物色するのか、かなりの見物ではあるが。
「そこで買ったのでござるか? そのうさうさバンド。似合っているでござるよ」
「わぁ、そうですか? 嬉しい‥‥どうです♪ 叔父さんの恋人にも‥‥いかが?」
「いや、あのぅ‥‥もう少し‥‥こう‥‥」
「‥‥そうですね‥‥叔父さんが買ったら犯罪者と間違われるカモ‥‥」
「‥‥はい‥‥」
少女はそこで買ったと見える桃色のモコモコうさ耳バンドをぴょん! と指でひと跳ね、ぽつりと容赦ないことを言う。
ハジメは、そこまでは‥‥と思いつつも素直に頷く。
確かに、うさうさバンドを付け可愛いいく小首を傾げたら、どこまでも理性がぶっ飛びそうである。想像だけでも、鼻血が吹き出しそうだ。
これでは本当に犯罪者になりかねない。
「ところで叔父さんのお相手は、どちらのお嬢さんなのですか?」
「え?」
「どういったご趣味があるのかしら? ほら、それによってプレゼントが選べるでしょう?」
その恋に興味を示し、キラキラ輝く瞳でハジメを見る。
ハジメ、ひとつ咳払い。照れているのか小枝に止まる小鳥を眺めながら話し出す。
「そうだなぁ、野に遊びに行くと、駆け回っている。それによく食べて腕白だなぁ」
「へ? 腕白?あぁ、じゃじゃ馬さんなのですね。叔父さんに合ってますわ〜〜、あとは?」
「なんにでも興味を出し、虫や動物とよく一緒に遊んでおる」
以前、庭のカマキリやカブトムシ、犬に猫と遊んでいた事を思い出した。
「まぁ、蝶や小鳥と遊ぶなんて可愛らしい‥‥無邪気な方のですね」
どうやら話がズレている。
たとえるなら、カタカナで書く『シ』と『ツ』のようなズレ。
ハジメは気付いたが本当の事を言うか迷った。流石に若き乙女に「念友なんです」とはきっぱりと言えない。
まして未成年者であることもだ。さわりだけ切り出そうと試みるが、脳が否定している。
反応が恐いのだ。
見せるだろう、少女の反応は二つに一つ。
一つは即刻、白い目で見られる事間違いなし。もう一つは喜んではくれるだろう、チガウ意味で。
質問攻めの挙げ句に、よからぬ本まで販売されそうだ。どちらにせよ、考えるだけでも恐ろしい。
やはり、このまま言わない事にした
。少女は、にこやかに一つの提案をだす。
「そう‥‥お花なんかいかがです?」
「うぬ‥‥花か?」
「えぇ、お花。野のお花も素敵だけど、たまには違うお花なんて‥‥花言葉なんて添えると、きっと喜んでもらえると思うのです‥‥」
「うむ。そうだな。忝ない」
野で遊ぶことに関んして花摘みしたり、甘い語らいをしていると思ったらしい。ふっくらとした可愛らしい頬を染め、大きな二つの瞳に、『叔父さんにも春が来た』とそう読みとれるような文字が入っている。
これ以上のズレは恐いと思いつつも、真実はとても話せない。
ハジメの額からはまた、たらたらと汗が落ちていく。
「で、では、花を見てくるか‥‥」
「私もお暇します。お夕飯の買い物しないと‥‥彼が待ってますから」
ハジメは誤魔化しきれるうちに出かけようと思い、立ち上がると少女もふわりとスカートをはためかせた。
愛おしい青年のために腕をふるって料理するのだろう。
‥‥その後、ハジメは花屋で一時間も迷った挙げ句「桔梗」の花を手に入れた。
花屋の主人に「花言葉」を教えてもらい、少年宅の家の前で渡すのに躊躇うこと一時間
‥‥どこまでも不器用な男である。